釣り込み
2019年5月某日。
世間では久々の超大型連休ということで賑わっているようだが、IWA氏は今日もピノコに向き合っていた。アッパーの準備が整ったので、いよいよ釣り込み(※1)工程に入っていく。
※1:釣り込み(吊り込み)とはアッパーを木型に被せて、木型に沿ってアッパーの革を引っ張りこんで釘で留めていく作業です。平面的なアッパーに木型の形が溶け込んで靴になっていく瞬間です。
愛用のワニ(※2)で傷ついたピノコの肌を労りながら優しく引っ張り、シワのひとつひとつを丁寧に伸ばしていく。
※2:釣り込み時にアッパーの革を引っ張るペンチのような道具です。
釣り込み代として縫い足した革の強度が心配されたが、何とか釣り込めそうだ。
少し前後するが、かかと部分には作り直した芯材が既に入った状態だ。残るトウの部分にも芯を入れ直す。
ライニングを釣り込んで中底に接着した後、一度アッパー革をめくって芯材の位置をあわせる。
位置を確認したら接着し芯材自体を固めていく。これでまた美しいトウに戻るだろう。
アッパーの革を戻して再び釣り込んでいく。トウの部分は特にシワが寄りやすいのでワニを駆使して細かくひだを作りシワを逃がしていくのだ。
釣り込み終了。痛んだトウとかかとに輝きが戻ってきた。
すくい縫い
次は中底とアッパーとウェルトを縫い合わせていく工程だ。
まず撚りを掛けた麻糸にチャン(※3)を塗り込んで糸先に針をつけるために糸先を細く仕上げていく。
※3:松ヤニです。これに油を加えて煮込んで適度な硬さにしたものを革に取って糸に塗り込んでいきます。
すくい用の針を付けた糸とウェルト。細い革がウェルトといってこれを靴の周りに縫い付け、このウェルトと本底を縫い合わせることになる。
釣り込みの時に打った釘をひとつひとつ外して縫っていく。すくい縫い用の錐を中底から入れてアッパーを通ってウェルトまで穴を貫き、そこに針を両側から通して糸で縫っていくのだ。チャンが塗り込まれた糸はお互いにがっちりくっついて容易には解けない。
少しずつ靴の形に、いや、ピノコの姿になってきた。
底付けと出し縫い
IWA氏の作業は続く。次は本底を付ける工程だ。中底にシャンク(※4)を入れて凹みを埋めていく。
※4:シャンクとは靴の中底と本底の間に入れる芯のこと。靴のアーチを支えるためにかかと部分から中程まで細長い芯が入っています。革、木、プラスチックや鉄など素材は様々。
シャンクをセットし、凹みを埋めるために位置関係を写し取る。
写し取った型にあわせてトウ部分はコルク、下部分は革を切り出す。
中底の凹み部分を埋め、底面全体がなだらかに平らになるように削って整える。ここに本底を接着し、コバの張り出し具合を勘案しながら切り回して底全体の形を整えていく。
出し縫い(※5)をかける前に、ヒドゥンチャネル(※6)仕様にするために、本底の横から革包丁を入れて革を薄く剥いでいく。
※5:ウェルトと本底を縫い合わせていくことを出し縫いといいます。
※6:本底の革を薄く剥いで底に溝を掘り、その溝に出し縫い糸を収めて剥いだ革で蓋をします。すると、本底には糸の縫い目が一切出ずに美しい本底になります。
溝を掘り終わるとこんな感じだ。ここに出し縫いを掛けていく。
出し縫い終了がこれ。
コバ上に綺麗に出し縫いのステッチが掛かっているが底側は溝に出し縫い糸が収められ、剥いだ革で蓋をすると糸目が見えなくなる、という仕掛けだ。
「ふう。」
長い手術が終わり、IWA氏は大きく息を吐いて伸びをした。
気が付くと、世間の大型連休は終わっていた。
さあ、ピノコ。君の再生手術もいよいよ終盤。後はヒールをつけて仕上げだよ。ここから先は野口さんにお願いしてあるから、君を野口さんの元へ送り届けるよ。
第六夜へつづく
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